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チェリノブイリ12万人のセシウム内部被爆の子供に健康被害はなかった


12万人のセシウム内部被爆の子供に健康被害はなかった
国際被爆医療協会名誉会長・長崎大学名誉教授 長瀧重信

内科学(甲状腺疾患)が専門の長瀧氏は、長崎大医学部長、放射線影響研究所理事長などを歴任され、長崎大時代は原爆被爆者の治療に携わり、東海村JCO臨界事故でも、地域住民の健康調査を行ってきた。この長瀧氏がセシウムに重度の健康被害はないと説いています。

未曾有の大惨事から4年余りが経過した1,990年8月「チェリノブイリ原発事故医療協力調査団」の一員としてソ連を訪れた私を待っていたのは、子を持つ母親たちのパニックでした。「将来、何が起こるというのか」「ガンは、白血病は」「うちの子はいつ死ぬの」。内外の報道が入り乱れ、科学的検証なしに“放射線被爆は人体に甚大な影響を及ぼす”との情報が氾濫した結果、母親たちは大変な不安を抱え込むに至った。子を思うあまり、危機を煽る報道ばかりが目に入ってしまうという点では、今の日本もちょうど同じ状況にあると言えるでしょうが、当時のソ連では、私がいくら研究結果を伝えたところで、母親たちの心配が解消されることはありませんでした。

異国の地で、我々は考えました。どうすれば彼女らの不安を取り除けるのか。調査団が出した結論は「徹底した診察」というものでした。可能な限り多くの子供を診て、その結果を伝えよう。そう考えたのです。

我々は、事故当時10歳以下だった子供を対象に、3項目の診断を行いました。甲状腺と血液、そして体内に蓄積されたセシウム137。これらを調査すべく被爆地を巡回し、最終的には約12万人の子供を診察したのです。結論から言えば、放射性ヨウ素に起因する甲状腺ガンは確かに増加していました。そして、体内のセシウムの量についても、驚くべき数値を示す子供がいたのです。診察した12万人のうち8割弱は、体内セシウムが体重1kgあたり0~50ベクレルという値に留まりましたが、中には200~500ベクレルの子が2,700人、さらには376人の子が500ベクレル以上の数値を示していました。これは、子供たちが被爆地で取れたキノコなどの食材を摂取し続けていたためで、ホールボディカウンターで検査していると、セシウムの値がどんどん上昇していったことを覚えています。

 このとき長瀧氏は、直感的に「大変なことになる」と思ったという。

キロあたりの体内セシウムが500ベクレル以上というのは、体重30kgに換算すると、実に1万5,000ベクレル以上が蓄積されているということ。正直、凄まじい量の放射線に汚染されてしまっている、と驚きました。ガンとか白血病とか、あるいはもっと酷い症状になるのかもしれない。端的に言って「何が起こるかわからない」とさえ思ったものでした。しかし、1,986年の事故から25年が経った今、セシウムによる健康被害は未だに認められていません。その意味では、90年に私が抱いた直感は間違っていたわけです。これは、多くの国際機関と世界の科学者が集まって作られた「2つの報告書」によって、明確に示されています。

 
報告書の1つは『Health Effects of the Chernobyl Accident and Special Health Care Programmes』。
この報告書はIAEA、WHO、UNSCEAR〈United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation〉(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)など8つの国際機関とロシア、ベラルーシ、ウクライナの3国で06年に合同発表されており、チェリノブイリ事故に関する文献で、正式な学術誌に発表されたものの中でも、甲状腺ガン以外の固形ガンの発症リスク上昇を裏付ける疫学的研究はないと結論を明記されています。さらにWHOは06年チェルノブイリ事故の際の除去作業で86~87年1年間で24万人が100ミリシーベルト超を被爆したこと、そして86~05年にかけ、高線量汚染地域に居住した27万人が計50ミリシーベルト超を被爆したが、健康被害は認められていないと結論付けている。

国際機関によるもう1つの報告書『UNSCEAR 2008 REPORT Vol. I: Report to the General Assembly, Scientific Annexes A and B』は、国連科学委員会が08年に作成し、今年2月に発表したもので、ここでも以下のように断定しています。

甲状腺ガン以外の放射線被爆に起因するエビデンス(科学的根拠)はない。ロシアとウクライナの両国で固形癌の発症頻度が上昇したエビデンスは無い。被爆地域で乳ガンの発症率が上昇しているとの指摘について、乳ガンの研究は、初産年齢、ホルモン、栄養などの放射線以外の要因が考慮されおらず、チェルノブイリで癌が頻発しているといった論文の主張も退けているのです。

 そもそもキロあたり500ベクレルの数値が検出されたといっても、‐これを人間に対する影響を表すシーベルト換算すれば、人体に影響があると認められた値よりるかに小さい数値に収まります。ソ連で診察を始めた当初は、目の前の子どもたちべの対応で手」杯だったのですが、診察が一段落した後に計算してみると、体内セシウムの値は、白血病やガンに直結するような高い数値では決してありませんでした。実際に500ベクレル/キロを換算すると、年間1.25ミリシーベルトとなります。年間100ミリシーベルトの放射線を浴びれば、ガン死亡のリスクはO・5~1%高まる。これは疫学的事実ではありますが、それ以下になると分かりません。1ミリシーベルトや5ミリシーベルトでどうなるかというのは、あくまで仮定の話。つまり、100ミリシーベルト以下で語られる放射線被害とは、疫学的な事実に基づいたものではないのです。

この値は、私たちが日々直面する他の生活リスクと比べてみると分かりやすい。運動不足、一野菜不足、喫煙……。不規則な生活を送って野菜が10%不足した、あるいは同じ部屋の住人のせいでずりと受動喫煙の状態にある等々。人間はそうした様々なリスクの中で暮らしている。そこから放射能のリスクだけを取り出すことなど、物理的に不可能です。

そんな状況下で、私たち科学者は、「危険レベルはここからで、ここまでなら安心です」との情報を発信し、100ミリシーベルトという数値を導き出している。これ以上だと発ガンリスクが他の生活因子と同じくほんの少し増えます――そう科学的に結論づけているわけで、リスクを考えて頂くのはそこからで十分。にもかかわらず、尿や母乳、あるいは食物と、考えられないぐらい微量の放射性物質を懸命に探しているのが現状なのです。

食品における放射性セシウムの暫定基準値は、水道水と乳製品ではキロあたり200ベクレル、穀物や肉・野菜では500ベクレルとされている。いま国内で計測されている放射性セシウムというのは、子どもの尿にせよ母乳にせよ、1リットルあたり1ベクレルとか、5ベクレルといった量にすぎません。

仮に、キロあたり500ベクレルといった量が体内から検出された子がいて、その尿を測定したとしましょう。先述したように体重30キロとして総量は1万5000ベクレルとなりますが、子どもの場合は新陳代謝が大人より早く、10日間で身体のおよそ半分が入れ替わります。そうすると10日間で約7500ベクレル、つまり1日で約750ベクレルものセシウムが体外に出されることになる。 私がチェルノブイリで診断した子どもたちは、これくらいのおびただしい量のセシウムが尿から検出されるレベルだったのです。

 

一方で、今の日本ではわずか1ベクレルという量が検出されただけで、メディアには扇情的な文言が躍ります。6月末、福島の子ども10人の尿から検出されたセシウムは、1リットルあたり0.41~1.3ベクレル。また二転三転の末に五山送り火での使用が叶わなかった陸前高田の松からはキロあたり1130ベクレルが検出されたが、これとて表皮のみ。薪の内部は何ら問題がなかった。

毎日750ベクレルが検出されるような子たちがチェルノブイリには確実に数百名いた。それらの子たちを診察し、データを解析した上で科学者は結論を出しており現時点までにそうした厳然たる事実の積み重ねがある。その結果が2つの報告書へと繋がっていくのです。

人体から検出されるセシウムは、原子爆弾が開発されるまではOでした。しかしそれ以降、セシウムは世界中にぱら撒かれ、体内に入ってきてしまった。各国が核実験を行った1960年代、日本の成人男性のセシウム137の体内量の平均といえば、何と1964年で560ベクレル。大人はおよそ28日で半分の新陳代謝が行われますので、1日10ベクレルのセシウムが尿から検出されていた計算になります。それでも、私たちはそうした時代を生き、普段どおりに暮らしを営んできたわけです。付言すれば、身体をホールボディカウンターで測るとだれであれ約7000ベクレルの放射能が認められます。自然放射能と人工放射能を合わせれば、体内にはそれだけの放射性物質が存在しているということで、例えば「カリウム40」など、少なくとも毎日数十ベクレルは尿として排出されているでしょう。

もちろんセシウムとカリウムでは人体への影響において差はありますが、いずれも同じ放射性物質には違いありません。それを、セシウムに限っては1ベクレルであっても心配し、カリウムがいくら検出されても気に留めない、というのでは、やはり疑問を感じざるを得ません。万人が体内に放射性物質を含んでいるのですから、殊更セシウムだけに目くじらを立てる必要はまるでないのです。

ご紹介した国際機関による2つの報告書は、世界のであるのは言うまでもありません。国際機関は、社会的影響を十分考慮した上で確かな事象だけを選び取り、それを事実だと認定していきます。日本はもとより外国のいかなる学者であっても、そうした組織が発表した2つの報告書に、真っ向から反論できるはずがない。

このように徹底的な調査にもとづいて作成された報告書があるのに、なぜ国内では。心配が不要である根拠として取り上げられないのでしょうか。あまたある生活リスクと同程度にもかかわらず。セシウムによる被曝だけを悪とするというのは、間違った″恐怖”に他なりません。
 
週刊新潮2011.9.1

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